ジュリアン

以前ジュリアンを壊した時の事が、職場で話題になった。麻酔科医はこれだけでピンと来るだろうが、ジュリアンと言うのは「いけてない麻酔器」の代表とも言われる、ドイツの麻酔器である。
まあどこがいけてないのを一言で言うのは難しいが、

  • 起動が遅い(大出血とかではまにあわんぞ) 
  • 表示が見にくく、デジタル表示、無駄にコンピューターちっく(麻酔器は単純であるほどいい・・・壊れたら患者の命に関わるので) 
  • セーフティモードという謎のモードがあり、少しでも不具合があると殆どの機能が停止する(勝手に人工呼吸を止める、麻酔ガスの供給を止める。止めてどーすんねん!)

ということで、ジュリアンの置いてある部屋に当たると「あ〜あ」と言う気分になる。
前の病院に勤めている時のことだった。そこはとても緊急手術の多い市中病院で、ある当直の日、例によって真夜中に緊急手術をしていた。一日中忙しかったので、既に立っている事も辛いほど足がだるく、かといって座っていられるほど落ち着いた手術ではない。
私は、ジュリアンの蛇管を支えるアームに手を乗せ、そこに寄りかかって体を支えていた。
が突然、体を支えるものが無くなり、私はよろめいた。カランカランカラン! アームが折れて床に落ち、派手な音を立てた。外科医たちがいっせいにこちらを向き、「・・・あ〜!!壊した!」と笑い始めた。
私はどこが折れたのか瞬時に把握できなかったので、「どこが壊れたんだ? か、換気!換気はできるのか?!」とそれどころではない。人工呼吸器から手動に戻して数回換気し、胸のふくらみを確かめると、安心してすごく嬉しくなった。「大丈夫です!」とにこやかに答えたが、外科医の笑いは止まらない。
「何それ!折っちゃったの!すごい怪力ですねぇ!」確かに金属製のアームのは3cm径の中空で、ちょっとやそっとで折れそうな感じはしない。い、いや、私は自慢じゃないけど結構やせてるんだってば。胸も小さい・・・ってうるさい!!
次の日、出勤してきた同僚にひとしきり爆笑されたあと、口々に皆が「蛇管がぐらぐらで換気しづらい」と苦情をいう。「ヨーロピアンスタイル(蛇管を肩から胸にかけ、胸の前でバッグを押す)がはやりだから」と言い張ることにした。しばらくしてジュリアンは修理された。
数ヵ月後、九州に転勤した先輩から電話がきた。
「あ、あのさ!ぶはは!今日、バイトに行ったんだけどさ!ジュリアンのアームに妙なシールが貼られてるの。耐荷重は3kgですって書いてあんのよ!はははは!君の影響で、全国のジュリアンにシールが貼られちゃったよ!」
・・・絶対、あの時までに、何人もアームを折ったと思います。大体あんな寄りかかりやすそうなところに、寄りかからないわけが無いです。しかしそれから以後、いけてない麻酔器があると「先生、○番で麻酔して、麻酔器壊してくれません?新しいの買ってもらいたいから」と言われることになったのでした。
今日も同じ事を言われたので、とりあえず後輩をごっつんした。